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高松高等裁判所 昭和36年(う)275号 判決 1963年3月19日

控訴人 被告人 三宅実 外二名

検察官 亀岡忠彰

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中証人豊島基、同福島金太郎に支給した分は被告人三宅実の負担とし、証人森良治、同和田博文に支給した分は被告人立岩正義の負担とし、鑑定人高田正夫に支給した分は被告人三名の平等負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、記録中の検察官栗本義親名義の被告人三宅実に対する控訴趣意書並びに被告人三宅実の弁護人岡林靖名義、被告人穴吹政数、同立岩正義の弁護人近藤勝名義(但し一二枚目表六行目「矢田茂(二等運転士)」を削除し、同七行目「三名」を「二名」に訂正する。)及び被告人三名名義の各控訴趣意書に記載のとおりであり、検察官の控訴の趣意に対する答弁は被告人三宅実の弁護人岡林靖名義の答弁書に記載のとおりであるから、すべてここにこれを引用する。

弁護人岡林靖及び被告人三宅実の論旨について、

所論はこれを要するに、原判示第一、一の被告人三宅実に関する過失の判断を争うもので、本件の場合両船共国鉄宇高連絡船でその常用航路は互に熟知するところで、両船共同種レーダーを備付けておつたものであり、又本件宇高航路は海上衝突予防法(以下予防法と略称する。)二五条に所謂「狭い水道」で、第三宇高丸において同条一項を遵守し、他船がレーダーを備え定時に運航中の宇高連絡船紫雲丸であることが明らかな場合であるから、何れにしても被告人三宅実には無線電話連絡義務も予防法一六条違反も存しない旨主張する。

原判示各証拠によれば、定時にそれぞれ発した下り第一五三便の第三宇高丸と上り第八便紫雲丸とは女木島西方の海上で行き合うことになるが、宇野高松間の連絡船基準航路の制定については諸般の事情により試案にとどまり、規定となるに至らなかつたのみならず、第三宇高丸はその構造上船首を前にして接岸係留する関係上高松港入港に際し女木島に接近することが往々あつたので、同島附近では左舷対左舷で航過するのを例とするものの、時に右舷対右舷で航過することもある実状にあつたものであるところ、被告人三宅実は原判示の如く、六時五〇分頃レーダーによる観測の結果、紫雲丸が宇野港に向け自船の正船首方向約二浬の距離にあつて自船とほぼ反方位の針路で上り常用航路よりやや西寄りを進航するのを認め、且つ紫雲丸もレーダーにより自船を探知しつつ霧中航行を続けているものと考えたのである。

ところでレーダーによれば、原判示の如くその性質上紫雲丸との距離、方位を確認することは容易であるけれども、その針路、速力等を確認することは困難であり(プロツテイング(航跡作図法)を行うには、当時減速しない限り紫雲丸との距離が接近し過ぎている。)、まして紫雲丸の将来の針路、速力等を判断することは殆ど不可能である。

従つて原判決がその理由を説示する如く、レーダーにより正船首方向に紫雲丸を探知した十分余裕のある時期に、まず適度の速力に減速して両船備付の無線電話を活用すべき義務があるというべきで、既に国鉄においても、霧中航行時の動静連絡については、事故発生時の連絡報告につぐ運航通話順位を認めていたもので(証三四号「船舶無線電話取扱方」と題する四国鉄道管理局営業部次長名の通達及び検察官に対する井上彰の供述調書参照)蓋し当然というべく、又前述の如く正船首方向に紫雲丸を探知した場合において、紫雲丸の針路、速力等を確め、紫雲丸に自船の針路、速力等を連絡するには、無線電話を使用することが極めて容易で効果的であるのみならず、他にこれに代る方法が見当らないのである。

原判決引用の証人井上彰、同桜井清、同福島金太郎、同石川輝、同細野正男、同豊島基等の各供述、検察官に対する井上彰の供述調書、鑑定人小田義士の鑑定事項第一に関する昭和三五年九月三〇日付鑑定書、当審における鑑定人高田正夫の供述等を綜合すれば、宇高航路全域は純然たる「狭い水道」ではないが、その水路の特殊事情により「狭い水道」の連続と考えるのが相当と思われる。

ところで、「狭い水道」を進行する動力船は、それが安全であり、且つ実行に適する場合は、航路筋の右側を進行することが要求されるのであつて(予防法二五条一項)、本件の場合において紫雲丸の中村正雄船長が原判示の如く六時五〇分頃霧中信号並びにレーダー観測によつて第三宇高丸が常用航路より女木島寄りに進路をとつているものと速断し、第三宇高丸に対し無線電話による連絡等の措置をとることなく、第三宇高丸と右舷対右舷で行き合うべく、六時五一分頃左に約三度転針し、六時五五分に更に左に一五度転針を命じたことは、右条項に違背し違法であることは論をまたないが、前述の如く、宇高連絡船基準航路が当時規定化されるに至つていなかつたこと、女木島附近海上では時に右舷対右舷で航過することもある実情にあり、それの応急策としで「高松港口と女木島間で右舷対右舷で航過する場合は海上衝突予防法上のニヤリエンドオンの適用範囲を速に脱するようお互に早目に操船すること」という船長会の申合せ(証四七号船長会の第一回臨時総会経過報告参照)が為されたこと等を考えると、第三宇高丸の船長被告人三宅実において、予防法二五条一項に従つて航行したとしても、前記のとおり霧中紫雲丸の動静を確認し得てない以上、まず適度の速力に減速して無線電話連絡をする義務を免れるものではないというべきである(予防法二五条一項が一六条一項の適用を排除せぬことを論をまたん。)。

又原判示の如く、被告人三宅実は六時五二分頃自船の正横左前方に紫雲丸め霧中信号を聞いたとしても、又レーダーで同船の映像をとらえているとは言え、それだけでは前述の如く同船の動静について、予防法一六条二項にいうところの「その位置を確めることができ」たとは言えないのに、同項の命ずる機関停止等の措置をとらず、依然全速力のまま進行したものであるから、同項違反の責を問われるのはやむをえない。蓋し予防法二五条一項の適用のある場合にもなお他船の動静如何を問わず同法一六条二項の適用があるというべきだからである。

なお弁護人岡林靖は、原判示紫雲丸中村船長が、六時五五分頃霧中他船と近接している場合極めて危険な左転一五度を命じたことは、連絡船船長の間では到底予想できないことである旨主張する。

しかし本件衝突の直接且つ重大な原因と考えられる紫雲丸のこの左転一五度、これより前六時五一分における左僅か約三度の転針(レーダー装備船に対する衝突回避の手段としては、レーダーの観測によつてはつきりと認められる程度の針路の変更を行うか、或は全く変更を行わないか、何れかの方法をとるべきである。)等紫雲丸の中村船長に重大な過失が認められる場合でも、被告人三宅実において原判示の如く注意義務を尽していれば、本件衝突を避けることができたと推定されるのであるから、同被告人としては責任を免れることはできないのであつて、中村船長の過失は情状として考慮すべき事項に過ぎない。論旨は理由がない。

弁護人近藤勝及び被告人穴吹政数、同立岩正義の論旨について、

所論はこれを要するに、原判示第一、二及び第二の被告人穴吹政数、同立岩正義に関する過失の判断を争い、右被告人両名には無線電話による連絡義務は存しない旨主張する。

一、しかし航海副直たる右被告人両名の各船長に対する補佐義務は原判示のとおりといらベく、そしてこの補佐義務は、船長の操船、運航を補佐する目的で、航海補助計器を活用し、他船の方位距離、動静等を確め、その結果を速に船長に報告することに尽きるのであつて、船長がこの報告を操船、運航上の重要な判断資料としたとしても、その報告をもつて航海副直が船長に対し操船、運航上の助言をしたものとみるべきでなく、従つて原判決が航海副直の操船上の船長助言義務を否定しながら、右の如き報告義務を認めたことは決して矛盾することではない。

なお航海副直が宇高連絡船に備付けられた無線電話を右の目的に使用するには、船長の命令がない場合は、その許可を得れば足るというべきである。

二、右両被告人が右義務を尽し、無線電話によつて相手船の針路、速力等を確かめその結果を船長に報告してその操船運航上の資料を提供していたならば、本件衝突事故を避け得られたであろうことは原判示各証拠により推測に難くないところで、被告人両名の右義務違反を本件衝突の原因の一つとした原判決は正当である。

三、当時船橋の見張りや霧中信号の吹鳴等に従事していた被告人穴吹、同立岩(なお弁護人近藤勝は被告人穴吹は船長に命ぜられて見張りと霧中信号に専念していた旨主張するのであるが、本件記録並に原裁判所で取調べた各証拠を検討するのに、同被告人が三宅船長から特に命ぜられて見張り等に専念したと認めるに足る証拠なく、むしろ被告人穴吹において同船長から命ぜられるまでもなく当然にこれに従事したものと認めるのが相当であるが、何れにしても左の結論には変りない。)がその見張りや霧中信号の吹鳴等を一時他の者と替わつてまでも、船長の許可を求めて原判示のとおり無線電話連絡の義務を尽すべきかどうかというに、見張りは濃霧中は当然その視界が甚だしく制約され、又霧中信号による他船の位置の確認が至難であるに尽し、無線電話によるときは容易且つ確実に所期の目的を達することができること等を考えると、これを肯定して憚りないものである。

四、なる程被告人立岩が無線電話取扱の法定の有資格者でなかつたことは所論のとおりであるが、原判示各証拠によれば、高松港出港後船橋に切替えられた紫雲丸の無線電話の通話担当者は証三四号の「船舶無線電話取扱方」の規定に反し、甲板部に無線電話取扱有資格者が居なかつたところから、事実上被告人立岩において無線電話の通話担当の任務についていたものと認められ、又従来もその資格はなかつたけれども同被告人において所謂運航通話に当つていたものと認められるのであつて、当審における証人森良治、同和田博文の各供述も右認定を覆すものではない。従つて原判決が無資格者であるにも拘らず、同被告人に対し、切迫した危険に際し、無線電話連絡の義務を認めたのは相当というべきで、かかる緊急の場合、船橋に居ない事務掛の有資格者をして通話に当らしめることは決して船長或は航海副直の職務を全うする所以ではない。

五、国鉄宇高航路全域を「狭い水道」の連読とみるべきことは既に被告人三宅実に関する論旨に対する判断において説示したとおりで、第三宇高丸の三宅船長において予防法二五条一項に従つて航行していたとしても、霧中紫雲丸の動静を確認し得てない以上、被告人穴吹は無線電話連絡の義務を免れないものというべきである。論旨は理由がない。

検察官の被告人三宅実に関する論旨量刑不当の主張について、

被告人三宅実の情状は原判示(法令の適用)中の情状論に尽きるというべく、その量刑軽きに失するとは認め難い。

なお検察官は所謂第五北川丸事件及び相模湖事件における両船長の刑責と比較するけれども、悲惨な結果にのみ眩惑されて被告人三宅実に認められる過失と右両船長に認められた過失に存する異質的な差異を看過することは正当ではない。論旨は理由がない。

よつて刑訴三九六条、一八一条一項本文により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤謙二 裁判官 小川豪 裁判官 雑賀飛竜)

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